僕の家庭教師さまー軽井沢編ー(64)

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    僕の家庭教師さまー軽井沢編ー(64)

     

     三枝は雫を引きずるようにレストランから出るとそのまま足早にホテルのフロントへと急いだ。

    雫にはもう怖いものなんてなかった。三枝がいくら怒りに満ちた態度を取ろうが三枝が怖かった事さえ、もう昔しの話のようだった。

     

     リゾートホテルの普通のツインルームに雫を連れ込むと三枝は雫のパーカーとTシャツを性急に剥ぎとるように脱がせたが、雫は逆らわず、されるままになっていた。

     そして一糸纏わぬ姿になろうと三枝の瞳を仰ぎつづけた。

     

    「僕でその人の代わりになるなら、逃げません」

     

     それは雫の賭だった。

     三枝の口から本当の事を聞きたかった。

     そんな雫の真剣な眼差しに射抜かれた三枝は、とうとうそれを受け止めきれずに一直線に見詰め返してくる澄んだ瞳から目を逸らしてしまった。

     その時点で三枝の負けだった。

     

    「三枝さんの好きな人は僕じゃなかったんでしょ?僕には愛情は感じてくれているかもしれないけど…それは恋人としての愛情じゃなかったんではないんですか?…」

     

     雫は既に勝負に勝っていることすら分からずに、そのまま三枝の心に挑み続けていた。

     そんな雫の決意の籠った眼差しに、三枝は負けたと言ったように深く溜息をつくと、ぽつりとぽつりと話し出した。

     

    「分かった…本当の事を話すからちょっと待って」

     

     三枝は裸の雫にガウンを羽織らせて、椅子に座らせた。

    そして、自分は少し離れてベッドに腰掛ける

     

    「雫の事を思う気持ちは本当だよ…。

    だけど、僕が守るべきものは雫じゃなかった。

    …ただ、それだけだよ」

     

     雫はそれだけじゃないだろうと尚も三枝から目を離さなかった。

    三枝もそれに従うように話を続ける。

     

    「雫が僕が犯した罪の所為で、性行為に関してトラウマを持ってしまったのも、確かにずっと…気にかけていたのは本当だ信じて欲しい…。

     佐藤くんと付き合い初めてそのトラウマも消されたっていうのも、調べはついていたんだけどね。

     雫がみすみす他の男と付き合うなんて見過ごすわけにはいかなかったのも本当だ。

     自分の事は棚に上げてと思われても仕方がないけど、君にはもっと君にふさわしいきちんとした幸せを築いて欲しかった。

     僕も他の男に取られるくらいなら、なんとか奪還できないかと最初は思ったんだよ。

     僕の恋心を聞くと喜ぶ友人が一人居てね…その人に雫を幸せにして欲しいと言われてその気にもなった…君の気持ちを考えず馬鹿だよね。

     半分は彼の為に雫を幸せにすると誓った。

     雫は既に佐藤くんの元で幸せになっていたのに、それを無理矢理引き離すようにここに連れて来て…僕の色に染め直そうとした。

     正直、雫の素直で柔軟な心には何度も驚かされたよ。

     佐藤くんの為に、辛い気持ちを封印して、僕の恋人になり切ってくれていたと思う。初め僕もそれにすっかり浮かれて、君の演技に騙さた。だから雫の口から寝言で『悠…』って言われた時は、それがショックでつい逆上して君を傷つけてしまった。

     僕のその酷い仕打ちに君は余計心の奥底に佐藤悠と言う男を封印してくれた。それからの君は人が変わったみたいに僕に全てを捧げてくれるようになった。

     だけど…僕は、それが嬉しいはずなのに、どんどん辛くなっていったんだ。自分でもその気持ちは可笑しいと思った。何でだろうかと僕自身も分からなくなった…。

     おかしいだろ…雫が本気になって怖くなったと言われれば…そうかもしれない。

     力でねじ伏せても、雫はしなやかに何もなかったように立ち上り、僕へ恋人としての愛情を注いでくれた。

     本当にこんないい子とずっと暮らせたらいいなと思う気持ちが芽生えなかったかと言えば嘘になる。

     だが裏を返せばそれは全部悠くんの為に僕の機嫌を損ねないように努力してくれたからだよね…。

     雫にそれを強いたのは僕だ。僕がそれを辞めさせなければいつかまた雫の心が潰れる。

     だから雫の心が潰れないうちに、早く雫の血液恐怖症を克服させて、大きな白鳥という家の重圧にも負けない確固たる自分というものを築かせ、自分に負けない自信を持たせたかった。

     雫はそれも僕の目の前で次々クリアしてくれた。

     雫が僕の手助けが無くとも自分の足で歩けるようになったのを見届けたから、僕はアメリカに帰る事にしたんだ」

    「そんなの、自分勝手じゃないですか!」

     

     雫は憤った声でそう三枝に言い返した。

    もっと穏やかに話し合おうとしたのに、自分の感情を押し殺し落ち着いて見える三枝に反して苛立ちを隠しきれない雫だった。

     

    「明日、ある企業主催のパーティーがある。

    そこに悠くんを招待したんだよ。

    だから明日、雫は僕か悠くんのどちらかを選べば、そこですべてが終わる。もう答えなんて出てるとは思うけど、明日でこのゲームは終わるんだよ…」

     

     雫の瞳が今まで封印してきたものが全て崩壊していくように解き放されていく。悠が来るとと聞いて隠していてもそこにはホッと安堵の色が窺えた。

     

    「ほらね、僕にその顔は作れなかった。

    雫は、可愛くて、愛おしくて堪らない。

    でも、一番幸せなのは悠くんの元で大切にされてる時なんだろ?」

    「はい…」

     雫はもう迷わずそう応えていた。

    三枝の心に今までのような強い執着心がない事も手に取るように伝わってくる。

     

    「あ…でも…いや…大切にもされていますが…ちょっと彼…変態だから…あ…だけど、そこも好きなんですけど…」

     

     雫は独り言のようにぶつぶつと呟きながら、悠が自分をうまい事丸め込みながら要求してきた変態行為の数々が、頭の中に走馬灯のように回っていた。

     悠と言えば雫の可愛らしい股間には異様な執着心を持っていた。

     学校から帰宅して悠のマンションで過ごす時はだいたい下着を着けないことが前提だった。それは悠の希望であり、それが雫の日常であった。

    だから、最初に三枝家の別荘に監禁された時は服を奪われ、ここでは下着どころか裸で過ごさせられるんじゃないかと思った事さえあった。

     それも今となってはいい笑い話ではあるが、三枝だって悠とは違うけれど十分変態じみたところはあった。

     雫に特注で数々の名前入りの子供じみた可愛い衣装を用意していた事だって十分普通ではない。

     裸よりはマシかもしれないがこれを着て外出するのは…今だから言えるがすっごい勇気がいったのだった。

     それらを思い出すと真剣なはずなのについ笑い出しそうになってしまう雫だった。

     

    「僕も正直に言うと、三枝さんに服という服を取り上げられて、三枝さんの前ではきっと裸で過ごさなきゃいけないんじゃないかって、

    疑ったこともあります…」

     

     三枝は余りに突然の雫の発想にブッと噴き出してしまった。

     

    「何なんだよ!それは!なんか悪い小説の読みすぎだろ…

    いくらなんでも…それはないよ…」

     

     そう言いつつ、三枝だって実はそれを考えた事はあった。

     雫と二人きりで過ごす別荘ライフだった。誰の目にも触れないし、敷地は十分にあるし、雫の服を全部取り上げ自分の前では生まれたままの姿で過ごさせる。そう言う妄想をするのも男ならではのロマンのようなものだった。

     それをまさかこの期に及んで雫に突っつかれるとは思っても見なくて三枝は一瞬口から心臓が飛び出すかと思うぐらい焦っていた。

     裸にするか?それとも趣味の服で雫を着飾らせて困らせるか?

    そのどちらにしようかと迷って実は着飾らせる方を選んだとは、今更雫には言い出せなくなってしまった。

     その裸バージョンの待遇があったかもしれない事実を雫は疑うことなく三枝を信じきっているように話を続けた。

     

    (つづく)

     

     

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